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意識低いアラサー女が垂れ流し

地方在住で学歴も無い。

最終学歴=中卒のニートが、大卒になって今社会人してるって話

ニート

私は元引きこもりだ。13歳〜17歳の間を家に引きこもっていた。ただ、引きこもりと言っても全く外に出ていなかったわけじゃない。中学の卒業式に無理矢理連れ出されて出席したら「今日入れてちょうど30日かよ、お前なんだかんだ1ヶ月は学校来てたんだな」と担任に言われた。ニートと言う方が近いのかもしれない。

 

そんな私が17歳のときにニートを辞めた経緯を書こうと思う。ニートなんてブログ界では今や社畜並に飽和したアイデンティティで珍しくもない上にネタ感も薄いが、あくまで一例として捉えて欲しい。

 

ニートの面白いブログは他にもいっぱいあるので20歳超えた方々はこちらの方が共感出来るかもしれない。

blog.lunasaurus.com

nyaaat.hatenablog.com

 

 

その一、ご飯が食べられなかったから。

我が家は両親が共働きで同居していた祖母が朝昼晩の食事を用意していたのだが、戦後の貧しい時代を生き抜いた偉人は大変厳しい人だった。ある日、祖母が「働かざるもの食うべからず」と断言した。そのときは、そんなまさか孫は可愛いはずだとたかをくくっていたが、本当に何も食べられなかった。一日中寝ていたら、何も食べ物を与えられなかったのである。

当然、ニートの私には食べ物を買えるだけのお金も与えられていなかったし、この頃は対人恐怖症を発症していたため外にも出られなかった。慌てて何かしておまんまにありつこうと学生の本分である勉強を始めたのだが、高校の受験勉強は教科書以外何をしたら良いか分からなかった。仕方が無いので、一通り教科書を読んだ後は、受験に有利らしいとどこかで耳にした英検の勉強をしていた。しかしこれも準二級を取得して飽きてしまったため、残りは祖母の家事を手伝っていた。いつの間にか大根の桂剥きをマスターしていた。

その頃の成果で、現在は弁当と夕飯を自分と彼の二人分、毎日作っている。今でも祖母には頭が上がらない。

 

その二、高等学校卒業程度試験が出来たから。

高校は、中学入学当初に志望していたところから次の次の次の学力の高校の滑り止めを受け、入学した。だけど引きこもりは治らず、高校一年生は紆余曲折あったもののぎりぎり長期休暇の補講と課題の提出で進級した。高校二年生になるとすぐに留年が決定した。総合学習の出席日数がどうやっても足りなくなったのだ。ゆとり教育め!

だがこれが結果的に良い方向に向かうきっかけになった。留年が確定しているのに高校に通っても何にもならないため、高認の勉強を始めたのだ。

高等学校卒業程度試験、略して高認は、昔で言うところの大検のことだ。ちょうど私が高校二年生だった2005年から大検に替わって施行され始めた。高認に合格すると大学受験の権利を得られる。これがとても良かった。

大検の頃は、全日制高校生には受験資格が無かった。ところが、高認は在学中も受験することが出来る。早々と高校卒業を諦めていた私はすぐに高認合格に目標をシフトして家にひきこもって勉強した。世間様の目を気にした両親はどうしても私に全日制高校を卒業して欲しい、かつ、家事ばっかりして今までろくに勉強もしてこなかった私のような怠け者が高認になんて受かるわけが無いと思っていたため高認受験には反対していた。が、合格すると学費が勿体ないためすぐに高校を中退させた。

 

その三、類友が出来たから。

どうしても私に大卒になって欲しい両親は、社会復帰のために予備校に通わせ始めた。ここが酷かった。

予備校で知り合ったほとんどが高校を卒業していなかった。類は友を呼ぶとは本当のことだ。ことごとく友人になった人達が一般常識で学生と呼ばれる生活をしてきていなかった。私のような引きこもりからヤンキーから帰国子女から社長令嬢まで理由は様々だったが皆が同じ経験を共有しており、奇妙なコミュニティが出来ていた。

ここでは全員が大学を卒業しないと社会人になれないと思っていた。恐らく家庭環境の影響だろう。私の両親は2人とも国立大卒でそこそこの収入を得ている。ここに居るものは皆、似たような環境で育っていた。この絶対的価値観のせいで、高校生でも無い、働いても居ない、予備校には居るけど浪人しているわけでもない、でももうニートとはっきり断言できない我々は、社会に対する肩書きを持っていなかった。我々自身でコミュニティを形成しないことには社会での居場所が無かったのだ。

このコミュニティはとても居心地がよかった。全員が社会に対する劣等感・後ろめたさを持っていて己が大口を叩ける立場ではないことを理解していたため、誰一人として誰かを責めるようなことが無いぬるく優しい世界だった。お互いにお互いを肯定し、少しずつ社会への自信を取り戻すことが出来た。

 

その四、実家を出ることになったから。

ここまで読まれていたら薄々お気づきの方も居るかもしれないが、うちの親は毒親だ。私がニートになった原因は親だ。私は自分が完全に社会復帰するためには親から離れることが必要不可欠だと思っていた。

中学のひきこもり始めた頃からずっと家を出たいと説得していたが、もちろん両親は大反対で聞く耳を持たなかった。大学進学を機に今度こそ家を出ないと自分が潰れると思ったため、通院していた病院の医師に説得してもらい、私自身も生まれてから今までこつこつ貯めていた(単に使う機会が無かっただけだが)貯金20万全てを使って家を出る初期費用だけは何とかすると言ってようやく了解を得る事が出来た。残念ながら20万では敷金礼金が払えなかったため最初は寮暮らしになったが、米を洗剤で洗う隣人との女子寮生活もそこそこ面白かった。この子に出会うまで、こんな絵に描いたように壊滅的に家事が出来ない女子が三次元に居るなんて思いもしなかった。しかも可愛い。萌えた。

 

……要するに私がニートを辞めた経緯とは、いつか餓死するかもしれないという生命の危機を感じたものの引きこもりはなかなか治せなかったので高認を取得し、同じニート友達に励まされながら毒親から離れたことだった。

こうやって書いてみると、なんだかんだ恵まれた環境に育ったなあ、と思う。

 

あくまで一例としてとらえて欲しい。

繰り返すが、私の経験はあくまで一例だ。あくまでも私の経験を吐露しただけであって、こうすればニートが治るという指南書では無い。特に祖母の働かざるもの食うべからずの件はたまたま私の場合は上手くいったけれど、精神状態によっては逆効果のため絶対真似しないで欲しい。鬱状態のときに追い討ちを掛けるのは御法度だ。これはメンヘラ界の常識である。

 

それから、高校は行っといた方が絶対いい。我々が画面越しに文字でラグだらけの会話している間に、普通の高校生達はどつき合いながらくだらないことを毎日延々と喋ってコミュ力を鍛えまくっている。元々持ってないものに更に差が開くぞ!あと普通に就職苦労する。

 

しかしニートになるという選択肢は人生の中で必ずしも無しではないと私は思う。もしも私の経験が少しでもあなた方の共感を呼び、将来の糧になることがあればとても嬉しい。すべてのニートに幸あれ。