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意識低いアラサー女が垂れ流し

地方在住で学歴も無い。

社畜はスマホでリア充の夢を見るか

仕事 恋愛 考え方 社会

※色がついた文字だけ読んでもらえれば大丈夫です。

赤文字→私の変わった事、青文字→私の変わらないこと

 

 突然、歌が流れた。すっかり店の喧噪に隠れてしまった控えめな有線放送とは違う、僕たちの話を遮る歌声だった。隣の席の大学生らしき男がジーンズの後ろポケットに手を突っ込んで歌を止めた。手にしているのは二つ折りの携帯電話。流れた歌は着うただった。着うたなんて久しぶりに聞いた。僕も学生時代はまるでそれで自分の個性を体現させるかのように好きなアーティストの曲を設定したり、ときには一発屋芸人の流行語を設定して飲み会のネタにしていた。今は就職活動のときにデフォルトの設定に戻してそのままだ。みんなもそうなんだろう。間違って会社で「ラブ注入」が流れでもしたら恥ずかしくて死ねる。てか、そもそもスマホって着うた設定出来るんだっけ?

「ねぇ、僕さあ」

 すっかり隣の大学生が運んできた静寂をこの場の主役の僕が破る。「ケータイ、スマホに変えたんだ」。

「え、そうなんだ、遂に! おめでとう!」

「おー、やっとか」

 同期で携帯電話がスマートホンじゃなかったのは僕だけだった。やっと追いついた僕を同期の二人が歓迎する。おめでとう、だって。そうか、おめでたいのか。必要に迫られて買い替えただけなのだけど。

 僕は仕事で初めて上京することになり、スマートホンがどうしても必要になった。電車の乗り換えアプリが無いと絶対出社出来ないと先輩社員に苦言を呈されたのだ。上京初日は朝一の飛行機に乗ってそのまま向こうの会社に出社することになっている。羽田空港から、最低でも乗り換えが二回必要だとGoogleは言っていた。それをメモしていたら、先輩は横から僕の手元を覗き込んできた。「スマホ持ってないのか。絶対必要だぞ」。先輩は東京で二年勤めて戻ってきたばかりだった。経験者が言う事に間違い無いだろう。僕は四年使った二つ折り携帯(ガラケーと言うらしい)からようやくスマホに買い替えた。

 同期唯一の女子社員である川野さんが身を乗り出してきた。

「もうLineインストールした?」

「らいん? 何それ」

 知らない単語だった。インストール、と言うからには何かしらアプリか。まるで知らないとは言わせないばかりに"もう"を頭に付けた川野さんだったが、僕が素直に聞き返すと目をキラキラと輝かせた。

「えー! Lineはインストールしないと駄目だよー!」

 くわっと見開いた川野さんの目は変に黒目が大きい。カラーコンタクトだ。いつも付けている。どうしても毎日つけなくてはいけないものらしく、たまに目を真っ赤にしながら仕事している。痛々しくて「今日くらい眼鏡にすればいいのに」と僕が言ったら「別に目が悪いわけじゃない」と言われた。

「実は同期でLineのグループ作ってて、○○くん以外はみんな入ってるんだよ」

「え、ラインって何」

 何だ、よく分からないけど何となく僕が今ハブられていることは理解出来たぞ。二回聞いても"らいん"の正体を教えてくれない川野さんは、いきなり自分のスマホの画面を僕に「ほら!」と見せつけてきた。上の方に"2011年度同期"って書いてある。それは正しく僕と川野さんの関係性だった。これが"らいん"か。いや、全く分からん。

「チャット、って言うのかな。スカイプみたいなやつって言って分かる?」

 隣の白石くんが見かねて僕に"らいん"とは何たるか教えてくれた。スカイプ。それなら知ってる。僕は学生の頃からオンラインゲームを嗜んでいたから、昔からよく使っているツールだ。親切な白石くんは自分のスマホを取り出して、僕に見えるように"らいん"のアプリを起動した。目で見てようやく僕はそのスペルを知った。

「ほとんどみんな、これでやり取りしてる」

「え、そうなの? みんなインストールしてるの?」

「うん、そう。すごいよこれ、めっちゃ流行ってる。もうほとんどメール使わない」

「まじでか」

 僕は知らなかったけどな!

 一体どこで流行っていたのか、白石くんが自分のスマホを操作しながら説明してくれていて、ようやく僕はLineとは何たるか知った。要するにリアルタイムトーキングアプリ。本当にスカイプと同じ。他にも似たようなものならMSNメッセンジャーもあるのに、どうして今更こういうのが新たに流行っているのかよく分からなかった。川野さんも白石くんもみんなインストールしていて当たり前という口ぶりだったけど、僕は半信半疑だ。

 だってメールがあるし。

 今まで通り、キャリアが初期インストールしているメーラーが何だかんだ携帯電話の主力ツールでしょ。

「○○くんも早く入れようよ! グループ招待するよ!」

 しかしどうも同期の間ではメーラーよりもLineの方が一大派閥であることは間違い無かった。ここで断れば僕の仲間外れはLineの世界の話だけではすまないかもしれない。川野さんに促され、仕方なく僕はその場でLineをインストールした。ユーザー登録ではユーザIDとパスワードとメールアドレスを入力する。スカイプと同じだ。一通り初期設定を終わらせる。

「川野さん、ID教えてよ」 

 きっと川野さんを友達登録したら効率よく同期みんなと繋がれるだろう。同期のグループにも入れてくれるらしいし。そう思って名指しでお願いすると、酔っている彼女は可愛らしく首を傾げた。

「勝手に友達登録してくれるよ?」

 「は?」

 真っ新で友達欄が空いているLineの画面を握りしめ、僕は川野さんの言葉を聞き返した。今、現実に起こっている事と川野さんが言ってることにはギャップがある。川野さんどころか誰も勝手に出てこない僕のLineの画面。そうだろう、友達は勝手に作ってもらうようなものじゃない。僕はスマホの画面を川野さんに向けた。

「え、何で出てきてないの!?」

「アドレス帳連携してないんじゃない?」

 本当に訳が分からない、何かの間違いだと声を荒げた川野さんに、白石くんが解を投げつける。アドレス帳連携。そういえばLineの初期設定中に「Lineが以下の機能にアクセスを求めています」みたいなポップアップが出てきて迷わず「いいえ」を押した。確かアドレス帳だった。

「それか、友達自動登録切ってるか」

 友達自動登録も初期設定の欄にあった。白石くんの言う通りだ。当然切った。何となくその機能の意味が推測出来たから、僕の今までのインターネット経験則で設定しては駄目なものだと判断した。白石くんはその機能がどういうものか、僕の推測から大きく外れない内容で説明してくれた。

「アドレス帳登録してる人でLine使ってる人が居たら、勝手に友達に登録してくれるんだよ」

「みんなそれやってるの?」

「そうだよ。それ設定してないと駄目だよ」

 アドレス帳連携して友達自動登録オッケーにしてないと駄目。僕の正しいと思ってやった事が全て否定される。白石くんの断定口調に寒気がした。

 ちょっと待て、それじゃ個人情報筒抜けじゃないか。そんな危険な設定出来ないと口に出そうとして、川野さんに遮られた。

「それってどこで設定出来るんだっけー?」

 ……嘘だろ。

 彼女の中で僕は"間違って設定を切ってしまった"ことになっていた。川野さんは自分が正しいと信じて疑わない親切心を持って流行のアプリについて僕に教授してくれていた。隣の白石くんも僕のスマホを指差して「ここで設定画面開けるよ」と教えてくれている。今更スマホを手に入れた僕は彼らにとって後ろを歩いてついてくる存在であり、自分達の足跡をなぞったら転ばなくて済むと信じているようだ。

 僕が知っているインターネットはもう姿が変わってしまったのか。

 引っかかりを感じながら二人の言う通りアドレス帳連携と友達自動登録を設定し、何とか自分の心と決着を付ける。そういえばFacebookだって実名登録だったじゃないか。あれと同じようなもんだ。

 設定して早速登録された川野さんは実名フルネームで僕のスマホの画面に現れた。おまけに顔写真付きだ。「○○くん見えたよー!」と見せてくれた川野さんのスマホの画面にも、僕の実名がフルネームで記載されていた。僕が最初に登録したLineのニックネームは何処に行ったんだ。約束とおり川野さんが招待してくれた同期社員グループにも、みんなが実名のまま会話していた。

「あ、そうだ。さっきの写真、グループにアップしておくね」

 顔を突き合わせて酒を飲みながら、みんな俯いてスマホの画面を見ていた。ぱんぽーん、と気が抜けた音がした。川野さんが画像ファイルをLineのグループにアップロードした。それはさっき三人で撮った写真だった。「おお」と思わず感嘆の声が出た。なるほど、Lineって気軽にこういうことが出来るのか。確かに便利だ。

 アップロードされた写真をタップし、画面いっぱいに広げて見てみる。僕がケーキを持って酔っぱらった赤ら顔で写っていた。真ん中に座って、如何にも僕が主役だと分かる写真だった。僕が主役で間違い無い、今日は僕の壮行会だ。急遽仕事の都合で上京することになった僕に、同じ部署の同期二人が開いてくれた。今居るこの店は記念日には無料でケーキをサービスをしてくれるらしく、誕生日以外でそれが使われている場面に初めて遭遇した。まさか僕がそのサービスを受けるとは思ってなかった。川野さんには言ってないが、僕は生クリームが嫌いだ。ケーキはまだ半分以上残ってテーブルの中心に佇んでいる。

 ぱんぽん、ぱんぽーん。気の抜けた音が次々に鳴った。今日集まれなかった他の同期入社のみんなが、ケーキ写真に対してコメントを返してくれていた。

『頑張ってこいよー、○○!』

 僕に対する応援のメッセージ。それからよく分からないクマの絵文字(後から聞いたらスタンプと言うらしい)が送られてきた。すごい。ここに来てくれたのは川野さんと白石くんだけだったけど、他のみんなとも繋がっているように感じた。

 事実、繋がっているのだろう。僕は今までオンラインゲームで知り合った人達とスカイプで会話していたけど、みんな会った事無い、顔も知らない人達だった。けど今度は違う。僕のLineの画面に出てきた友達は、みんな顔を知ってる人達で、直接会った事がある人達だった。インターネットが現実世界になっている。直接会わなくても僕らはずっと繋がっている。

 何て恐ろしいのだろう。

 僕は慣れない手つきでフリックして『ありがとう。頑張ってくるぜ』とLineに投稿した。

 

  それからしばらくLineを使い続け、僕のインターネットの常識は見事に変化した。インターネットとは、顔写真付きで実名でやりとりして良い世界。最もタブーと言われていた事が覆されていた。それもこれも東京に居たからこそ理解出来たことだろう。

 同僚以外の知り合いが居ない東京で、僕は人との繋がりを求めてインターネットにどっぷり浸かってしまっていた。インターネットを充実させると、必然的に現実世界も充実してくる。東京での初めての休日は、一人で建設途中のスカイツリーを観に行って、そのまま浅草観光。その模様を写真に撮ってFacebookにアップロードした。いいね!がたくさん貰えた。そうしているとFacebookでたくさんの友達申請が届いた。なんと、大学で上京して連絡先が分からなくなっていた友達と再会する事が出来た。初めて一緒に酒を飲んだ。もちろん、その様子も写真に撮ってFacebookに上げた。

 僕は自分の居場所も交友関係も全てインターネットに晒す様になっていた。地元に置いてきた彼女に電話して近況を話そうとすると、「いやもう知ってるし」と呆れた声で笑われた。彼女は僕と違ってSNSは見るばかりであまり投稿しない。恋人同士の電話はほとんど一歩通行で、僕は彼女の話を聞いているだけだった。それでも別れなかったのは、僕の東京生活がたった三ヶ月だったからだろう。

 

 この三ヶ月の東京生活を皮切りに、僕の出張族としての生活が始まった。初めて東京に行ったときは、そのままいつ転勤になるか分からないと脅かされていたが、幸運なことにずっと出張扱いで、今でも東京支社と本社を行ったり来たりしている。あまりにも頻繁に往復しているから、同期と顔合わせる度に「今どっちに居るの? どっちで仕事してるの?」と聞かれるようになった。僕が今「東京に行く」と言ってももう壮行会が開かれる事は無いだろう。あれは入社一年目だったから出来たことだった。もうそんなに同期同士仲良くしていない。ちょうど人生最初の転職シーズンにも突入し、僕が忙しくしている間に少しずつ同期社員が少なくなっていた。みんな会社を辞めて、もっと給料の良い会社に移って行った。タイミングが会えば僕もその送別会に出たりしたが、ほとんどはLineで知るばかりだった。Lineの同期グループには誰かの「突然ですが今月末で辞めます」みたいなメッセージで溢れていた。

 

 そんな同期達の動向に感化することなく、僕は淡々と本社と他の地方の支社との往復作業に精を出していた。東京に居る間はいつもマンスリーマンションに滞在した。他の地方でマンスリーマンションが見つからないときはホテル暮らしをした。そうやって働き初めて四年、は同じ会社に働き続け、入社したときと同じ賃貸マンションに住み続けている。マンションは住んでる内にだんだんと手狭になってきたが、一年の半分は別の場所で暮らすので、不便でも目を瞑った。

 居ないくせにここが自分のホームだと言う感覚はあって、家に帰ると安心した。独身のうちはここにずっと暮らすんだろうなと漠然と思っているし、納得している。でも周りを見る限り、この四年間で住所が全く変わらないのは少数派のようだった。今は転職シーズンもだが、結婚シーズンだ。みんな新生活を始めてどんどん住所が変わって行った。

 特に変化が激しかったのは僕の幼馴染だ。彼女はこの四年の間に二回引っ越しした。

 

 「最近忙しくてさー、本当の意味でリア充だわー」

 久しぶりに会った幼馴染はそう言って近況を語り始めた。学生の頃に比べて会う機会が減った幼馴染とは、会う度に終始お互いの近況報告となる。今回は僕から久しぶりに飲みに行こうと誘うと、『今、お酒飲めないモードなの。ランチじゃだめ?』とLineが返ってきた。幼馴染は結婚して一年。妊娠か。まるで言及してくれと言わんばかりの遠回りな彼女の含みを持たせた台詞は無視して、『分かった』とだけ返信した。

 最近のリア充という言葉には色んな意味が含まれているし、幼馴染は結婚してて僕も彼女が居るから広義の意味ではリア充と言われる存在だ。先ほど幼馴染が言った"本当の意味でのリア充"とはどういうことだろうか。つまり本当にリアル(現実世界)での生活が充実しているという意味だろうか。

「え、仕事で?」

 カフェインが飲めない幼馴染の目の前で食後のコーヒーを頂きながら、何が忙しいのか聞いた。幼馴染とランチしたのは僕の彼女とは来ないようなオシャレな店で、食後のコーヒーは気をつけて飲まないと三口で飲み干してしまえそうな少なさだった。幼馴染の話を聞いてる間、何回おかわりするはめになるだろう。

「仕事も、だよ」

「仕事って、前と同じ派遣?」

「そそ。それと前の仕事辞めてからアロマテラピーのサークルやってるじゃん? しかも今度一番下の妹が結婚するし、私も子供産むし、本当にお休みなんてないよ〜」

「ふうん」

 ドヤ顔である。

 幼馴染は大学を出て一度IT系の会社に入社してプログラマーとなったが、ようやく一年働いた頃に「何のため働いてるか分からなくなってきた」と言って辞めた。せっかくの正社員を棒に振るのは如何だろうかと、いつも通り古くさい僕の思考回路は彼女の辞職を止めようと説得したが、いわゆるブラック企業だったので、仕方がないと諦めた。辞めた後の幼馴染は医療事務の派遣をやっている。シフトによって土曜日に出勤することもあるが、週休三日の九時五時の仕事らしい。今日の幼馴染は一貫して「忙しい、休みが欲しい」とニコニコ顔で言っていたが、僕の知っている派遣先に今もずっと通ってるようなら、繰り返すが週休は三日ある。彼女の言う休みって何なんだろうと思いながら聞いた。

「でもこれも子供産むまでかなあ。子供産んだら仕事辞めるし、アロマのサークルも辞める」

「え、そうなの? 大丈夫なの?」

 失礼ながら、幼馴染の旦那さんが専業主婦を養えるだけの年収を貰っているようには思えない。主に収入面の心配をして、辞めていいのか聞いた。アロマのサークルはどうでもいい。そっちは趣味サークルで金が貰えるどころか浪費するだけの存在だ。

 僕の問いに彼女は「まあ、何とかなるよ」とだけ答えた。曖昧な言い方は、あまり首を突っ込んで欲しくなさそうだった。

「勿体ないな、契約社員になって産休もらえば良かったのに」

「いやー、契約さん達見てるとなる気失せるよ。派遣が楽なんだよね」

「そうなんだ」

 確かに仕事はきつくなるかもしれないけど、給料も待遇も良くなるんじゃないだろうか。別に今の職場に不満も無いみたいだいし、続けるなら契約すればいいのに——という風なことは、実は幼馴染が派遣社員になってから僕が何度も言っていることなのだが、いい加減うざがられている。だからこれ以上は言わない。

「○○は最近どうなの?」

 ようやく僕にも話が回ってきた。

「うーん、最近は暇かな。この間まで忙しかったんだけどね。普通に土日出勤してて僕も休み無かった」

「そうなんだ、○○も充実してたんじゃん!」

「え」

 充実って何が?

リア充じゃーん」

 リア充って何が?

 毎日汗水垂らして仕事して会社の近くのクリーニング屋に無理言って残業終わりにスーツ取りに行って帰ってコンビニ飯食って寝てまた仕事行く生活が? あまりにも仕事が忙しくて彼女にも会えないでたまに眠り被りながら電話だけしていた生活が? どこの何をどうやって捉えたらこの間までの僕の生活がリア充になるんだろうか。

 違うだろ、それ。

 適当な仕事して週3の休みを好きなことして過ごしてこれから家族が増えるお前が今の自分をリア充だと思ってるなら、それとは何もかも違うだろ。つい最近まで僕は本当に休みが無かった。リアルを楽しむ休みが全く無かったんだ。

  学生時代はあれほど以心伝心だと思って一緒に馬鹿やっていた幼馴染が、今は僕の心中とは対照的に「うちら、いい感じだね」と浮ついた声で同意を求めてきた。そしてそれに僕が頷くと思っていた。僕は首を動かさない。幼馴染は本当に未だ僕と同じ景色を見て、同じ言語を喋っていると信じているのだろうか。

 こんな風に、幼馴染と話が合わなくなったのは今に始まったことじゃなかった。彼女が仕事を辞めてから、徐々に変化して行った。幼馴染が最初の会社に勤めていた頃はお互いに会えば仕事の愚痴を吐き合って夜通し酒を飲んでいた。でも今じゃ「○○いつ結婚すんのー?」とか「そういや小学校ときの同級生の鈴木がさー」とかいうプライベートの本当にどうでもいい話しか幼馴染は僕に振らなくなっていった。幼馴染は僕の仕事のことなんて興味無いし、聞いても分からないから聞いてこない。僕はほとんど毎日仕事だけして生活しているのに。

 幼馴染とはもう上っ面な中身の無い会話しか出来なくなった。

「そうだ、これ見て!」

 僕が黙っていると、幼馴染は鞄から何かを取り出して僕に差し出した。母子手帳だった。まだ何処に居るかぱっと見分からないようなエコー写真が挟まっていた。

「へー、すごいね」

 それ以上、僕には何も言う事が無かった。

 

 幼馴染と会った次の日は、彼女とデートする約束をしていた。会うなり「腹減った、がっつり食べたい」と言う彼女の要求をのんで、やよい軒で昼ご飯を食べることになった。

 彼女に、昨日の出来事をありのまま伝える。

「もう幼馴染と会うの辞めれば?」

「……えー」

 彼女はさらりと幼馴染を一刀両断。切れ味の良い彼女の口に海老フライが放り込まれ、彼女はもりもりと咀嚼して飲み込み、口の端についたタルタルソースをぺろりと舐めとった。その間をずっと黙っていた僕に、更に言葉を重ねる。

「何か君、その子と会う度いらいらしてるし」

「うーん、そうなんだけど」

「私も君の幼馴染と話合う気全くしないし」

「そうなんだけど」

 僕の彼女と幼馴染は全く話合わないだろう。某メイカーの総合職としてばりばり働いている彼女は、僕に自分の仕事の愚痴をどんどん言ってくるし、逆に僕が仕事の話をすると「いやそれは君が悪いよ」ときっぱりはっきり率直な意見を述べてくる。彼女の中には幼馴染のようにふわふわ浮ついて曖昧なことが何一つない。気持ちがいい性格をしていると思う。そういうところが、学生時代から六年付き合ったでも変わらず好きだと思う。

 でも僕は恋人のために友達を失くすつもりは無いし、ただでさえ少ない友達を失くしたくなかった。社会に出てから僕は新しい友達が一人も出来ていない。同期入社の皆とは仲が良かった時期もあったが、結局友達にはなれなかった。きっとこれから友達が減ることはあっても、増える事はないのだろうと思った。僕が一番長く仲良くしている友達は幼馴染だ。幼馴染と交流を絶つという選択肢は、僕の中には存在しない。

「なんていうかもう、あいつは家族に近い感覚なんだよなあ」

「ふーん。まあ私もお兄ちゃんと仲良いいわけじゃないし、似たようなもんかね」

「あ、家族で思い出した。連帯保証人探さなきゃ」

「はあ?」

 閑話休題

 思い出したのは今日、出掛けに彼女と必ず話そうと思っていた話題だった。良かった、早々にタスクを片付けられそうだ。彼女は眉間にしわを寄せて如何にも胡散臭いものを見る目で僕を見ているけど。

 連帯保証人。どうもその単語の響きが悪い。

 だけど単語の第一印象とは違って事と次第はちゃんと真っ当で、住んでるマンションの管理会社が変わるから契約書の再提出を求められたのだった。それが事。賃貸の契約書にはどれにでも連帯保証人の欄がある。昔書いた契約書の控えを持っていたので見てみると、僕は父を保証人にして部屋を借りていた。今回も同じでいいだろうと書き始めて、困った。僕の父は退職していて「職業」の欄に何も書けない。強いて描くなら、無職。無職だと父に支払い能力は認められないだろう。これではこの部屋に居続けられない。会社の同僚はどうしているのだろうかと聞いてみた。みんな保証会社に金を払って頼んでいると言った。うーむ。保証会社……

 また古い考えなのかもしれないが、僕は金で信頼を買っている会社を信用して使う気になれなかった。ネットで調べてみても保証会社には詐欺が多いという。出来るだけ僕は金の繋がりよりも実際の人間関係を大切にしたい。金を払わなくても僕を信頼してくれる人に頼みたい。これが次第だ。

 だから、その事と次第を説明した上で、彼女にお願いしてみた。

「僕のマンションの連帯保証人になってくれない?」

「やだ」

 即答だった。ですよねー。

「だってうちら、ちょー他人じゃん。付き合っちゃいるけどさー、家族じゃないよ」

 その通りだ。頼んでいるのは連帯保証人。借金とかじゃなくて不動産契約で誰しも用意しないといけないものとは言え、連帯保証人。やっぱりどんなに真っ当でも響きが悪い。その単語のイメージが良くない。僕もやりたくない。家族だったらきっと断らないだろうけど、僕はこの四年間で彼女の名字を変えなかった。いずれ結婚するだろうとは思っているけど、彼女と僕はまだ家族じゃない。

「あ、でも、結婚して同じ部屋住む事になったら、どっちかが保証人になるって出来るのかな。どっちも契約者って言えば契約者だよね。別居してないと駄目? それだったら私、一生君の保証人になれないわ」

「何だよそれ、冷たいな」

「いいじゃん。どうせ結婚するってことでしょ」

 どうせって何だよ。まるで僕で妥協したかのような捨て台詞を残して、彼女は茶碗を持って立った。白米を大盛りよそって帰ってくる。そして僕の顔を見るなり、笑う。

「何か凄い不服そうな顔してるよ」

「してない」

「何だよ〜ちゃんと好きだよ〜」

「知ってるよ」

 僕の彼女は相変わらずきっぱりはっきり気持ちがいい性格している。そんな彼女は決して嘘をつかない。僕を好きだという気持ちは本当なんだろう。

 あー。これがリア充かあ。

 おいしいご飯をもりもり食べている彼女を見ていると幸せを感じる。何年も何十年先もずっとこれが続けばいいのに、と僕は思った。

 

補足

はてなブログは4周年! で、お題が 「4年間で変わったこと、変わらないこと」らしいです。

 

4年前といえば、私はちょうど新入社員でした。それぞれ新生活が始まり、だんだん学生時代に付き合いがあった人達と見てる世界が違う様になっていきました。たまに会って近況報告し合うと価値観変わり過ぎてびっくりします。面白いです。

他にも色々ありましたが、私がこの4年間で最も変化を感じたのはインターネットです。実家にADSLがやってきて私がインターネットに初めて触ってからやがて15年。当時からハンドルネームを使いこなしていた私にネット上での実名交流は未だに違和感が残る部分です。だからブログが居心地いい。はてなブログが居心地いい。

4周年、おめでとうございます。トートバッグください。

 

※○○くんの話はフィクションですが色付き文字は本当です。

※11/10、誤字修正とタイトル変更しました。