意識低いアラサー女が垂れ流し

地方在住で学歴も無い。

「面白い文章」が書きたい

何のためにブログを書いていますか。

自身が見い出したライフハックを世に広めたいからですか。
同じ趣味の人と馴れ合いたいからですか。
リアルで言えないことを吐き出すためですか。
アフィリエイトでお金を稼ぐためですか。
 
 
 
私は上記のどれも違う。「文章を書く事が好き」で「面白い文章」が書きたいからブログを書いている。私は文章を書くという行為自体に面白さを感じる人間だ。文章を書くこと自体が好きだからその内容については二の次だ。文章を書きたいけど、書きたい文章がある訳では無い。だから私のブログにはテーマが無い。ライフハックや技術情報を公開して他人の役にたちたいわけでも、趣味を公開して同じクラスタと馴れ合いたいわけでも、考えていることを晒して承認欲求を得たいわけでもなく、ただただ私の書いた文章をエンターテインメントとして昇華させたい。
本来ならば何かしらの目的を達成させる方法として存在するはずの「執筆」という行為だが、私はその方法自体を目的としてしまっている。
 
「面白い文章」とはどういうものか。私が初めて他人が書いた文章で、その内容では無く文章自体を面白いと感じたのは、三浦しをんのエッセイだった。 
ビロウな話で恐縮です日記

ビロウな話で恐縮です日記

 

この本の中で三浦しをんは自身が観劇したバレエの感想、ならびに好きなダンサーについて語っている回がある。初めて読んだとき、これが衝撃的だった。私はバレエに興味は無いしダンサーの個人名が出て来ても顔が思い浮かばないし、その演目を見たいとも思わなかったが、その感想を書いた三浦しをんのエッセイ自体はとても面白かった。興味の無い内容なのにここまで読ませることが出来るのは文章の上手さ、著者の感受性の高さがなせる技なんだと思った。

 
私も同じように、内容ではなく文章が面白いと他人に思わせたい。
でもこれがとても難しい。
 
まず私には文章力の才能が無い。センスもない。それから面白いネタも持ってない。私の平凡な人生を平凡な文章力で記事にしたところで、きっと誰も読まない。

そうは仰るが、その内容が面白くなければ意味が無いのだ。
 
 
だから面白いネタを持ち文章力の上手いブロガーに出会うと嫉妬する。私がはてなブログを始めたきっかけはフミコフミオ氏が居たからだった。

面白い。その生き方も面白いし、一切書いてあるネタが分からなくても一記事完読させてしまう文章力も素敵だ。
 
それから最近増田で話題になった底辺ネットライター。

面白い上に内容がはてな向けだ。改行が少なく画像も無いからスマホで読むと本当に文字ばっかりになるのだが、テンポが良いのか易々と読んでしまった。
 
彼や彼女のことはファンだし、読んでるだけでも楽しい。しかし、出来ることならば私も彼らのようになりたい。でも、なれない。
 
私は大した趣味もなければ、社畜している日々の生活も村人Cレベルだ。平々凡々。Aですらない。だから仕方なく「面白い文章」を書くために少しだけ人とは違うだろうと思った経験を記事にし、考えていることを晒している。自身の経験に基づいて思考や事象を考察する作業も面白いには面白いのだが、やはりその内容をまとめて文章にする時が一番面白いと感じる。
私は読者に私の考え方を認められたい訳でも観察眼に関心して欲しい訳でも無く、文章力を褒められたい。文章力を見せつけるツールとして自分の観察眼や考えをネタにしている。
 
毎回エディタ画面を開いては何を書こうか悩み、凡庸な文章を読み返してはため息をつく。ずっと追い立てられるように記事を書いてはネタ探し、書いてはネタ探しを続けている。明確なテーマが無いブログはいつもネタ切れ状態だ。でもいいんだ。「面白い文章が書きたい!でも!書けない!!」って悶々とするだけでこれだけ書けた。楽しかった。書いてる時間を楽しいと感じ続ける限り、私は愚直にブログを書き続ける。